義と愛と


赤神諒氏「大友落月記」を読み始めています。

令和に入って2日目から、10日ほど高熱でうなされておりました。治ってみると不思議ですが、病気ってなんなんでしょうね。喉は痛いわ、洟は止まらないわ。点滴打ってもらって一挙に治そうと病院に行くと、昼間は体調が安定していたせいか漢方薬の風邪薬を3日分くれただけで終わるし・・。

日が落ちると寒くてたまらず、布団をたくさんかぶって寝ると、1時間ほどで大汗をかいて熱くて目が覚める。着替えてもまた寒くて寝られない~の繰り返し。なので、夢うつつで起きている間に、前回読み終えた赤神氏「戦神」の後にもう1冊購入しておいた「大友二階崩れ」を全部読んでしまいました。

「大友落月記」は、「大友二階崩れ」の6年後が舞台。「~二階崩れ」の、「義」の主人公として描かれていた吉弘左近鑑理(あきただ)の嫡男・賀兵衛の物語。

まだ序盤を読んでいるばかりですが、・・き、きついですね、これ・・・。


>(一部抜粋)かくいう服部事件も義鎮の邪欲が端緒となった。好色な義鎮は、服部右京助の愛妻ぶりを耳にすると、わざわざ服部の屋敷を訪れて、妻に酌をさせた。義鎮が服部の妻を見染て欲しがるや、(抜粋終わり)~~


義鎮は、後の大友宗麟。先に読んだ「戦神」「大友二階崩れ」の2冊には、まだ宗麟のエピソードはさわりだけだったのが、いきなり最大級の悪評が取り入れられました。

大友宗麟公について、前回「戦神」の感想文で書かせてもらいました。一言にまとめると「500年もネガキャンされているなんて、可哀そうではありませんか」です。

前回「戦神」を読んで


>(一部抜粋)賀兵衛は(中略)酔ったせいかもらい泣きをし、泣いた後の清々しさのおかげか、服部事件がやっとひと区切りついたように感じた(抜粋終わり)。


・・「大友落月記」序盤の、この部分が、この作者さんのもしかして本質なのだろうか?

前回「戦神」出版記念のトークショーで「悲劇が好き」と仰っていた赤神氏です。Facebookに寄せられた読者の感想の「泣きました」という声が大きいほどに、最も、我が意を得たり! な返信コメントをつけられていました。

涙や、泣きましたのクローズアップは映画の宣伝でもよく見かけますし、泣きのニーズってかなり多いのでしょう。一般的に。


赤神氏のデビュー作「大友二階崩れ」は、はじめ「義と愛と」というタイトルだったそうです。

前回「戦神」での感想文にも書きましたが、ねんど人形を作る際、私はモデルとなるキャラクターに「敬意」と「好意」をもって臨みます。

大友宗麟人形の時は、すぐに目につく悪評が本当に辛かった。でも調べるほどに、単なるネガティブキャンペーンだったとの確信が強まり、自分なりの、人形制作に魂を込めることができたのでした。

大友の、私と同じ情報を得たとして、赤神氏はそれを「悲劇のネタの宝庫」と捉えてはいないだろうか・・?


「義と愛と」の主人公・ 吉弘左近鑑理(あきただ) は、「義」によって行動し、しかしその結果が悉く裏腹なものとなりついにお家取り潰しの危機にまで及んでしまう。

主人公に降りかかる悲劇と、それでも貫く「義」に、まるで作者の神の手によりプログラミングされた「義のロボット人間」のようにも思えたのです。

・・作品と作者さんに対して酷く失礼な邪推とそれによる感想であることは自分で承知しており、とても申し訳ないのですが、 大分に生まれ育った人間として、こういう穿った見立てもあえて記しておきたい。 豊後のお殿様や、郷土の英雄たちを、庇いたい、名誉挽回に努めたいのです。

それが、500年前の先人に対する、大分の後輩からの「義」であろうかと思えます。

また、作品はフィクションであっても、大分の人間にとっては500年後の現在にも残るリアルな後遺症であることを、実体験として知っています。

「大友サーガ」として、赤神氏はこれ以後も大友の物語を紡いでくださるのだそうです。作品を否定するつもりはなく、愛読者として次のお話も楽しみにしています。これらの作品がきっかけとなって、大友に関する意見と情報が活発化し、大分の人間が郷土を見つめなおす機会が増えてくれたらよいなと願います。

次の赤神氏の新作は、私の出身地・鶴崎の守護神・吉岡妙林尼が題材との噂。ちょうど、私の妙林尼人形もほぼ完成。ねんどの乾きを待って、撮影に入ります。楽しみ。早く読みたいな。

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